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世界に胃がん手術のモデルを提供 ——佐野武がん研有明病院副院長に聞く

2015-09-02 11:30

文/蒋豊

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食習慣などの原因により、世界の胃がん患者の6割が中国、日本、韓国を中心とする東アジアに集中している。中国では年間約17万人が胃がんで死亡している。胃がん治療をより理解しようと、胃がん手術件数日本一で「ノーベル賞クラス」の胃がんの権威、がん研有明病院消化器外科の佐野武医師にインタビューをおこなった。佐野医師は400年以上の歴史を持つ医師の一家に生まれ、臨床の専門家、教育者であると同時に、日本の胃がん手術モデルを世界に広める伝道師でもある。イギリス、アメリカ、イタリアなど各国の胃がんの専門家が日本に視察に来て、佐野医師の手術の技術を学んでいるという。(聞き手は人民日報海外版日本月刊の編集長 蒋豊)

胃がんは抗がん剤と放射線だけでは治らない

―― 先生が率いるがん研有明病院消化器外科は胃がんの手術件数が日本一で、患者が胃がん切除手術をする際、最初に選ぶ病院です。胃がん患者の6割が中国、日本、韓国を中心とする東アジアに集中していますが、なぜアジア人は欧米人に比べて胃がんになりやすいのでしょうか。

佐野 胃がんをつくる主な原因である胃のなかのピロリ菌が多いせいです。生活習慣などの原因で、アジア人のピロリ菌はなかなか減りません。近年欧米では胃がんで亡くなる人は減っていますが、アジアでは減り方がゆるやかです。

がんの治療法には抗がん剤、放射線、外科手術の三つがあります。残念なことに胃がんは抗がん剤と放射線治療だけでは根治できません。胃がんを治すにはまず外科手術が必要ですし、あるいは手術と抗がん剤と放射線治療を組み合わせてがんの再発を防ぎます。

胃がんの手術は非常に複雑です。胃だけでなく周囲のリンパ節も切除する必要があり、さらに肝臓やすい臓などの重要な器官にも影響しますので、胆石のときに胆のうを切除すればいい、というようなわけにはいきません。胃がんの手術は一つの部位の手術では終わらないのです。

長年、胃がん手術の切除範囲は議論されてきており、以前には切除範囲は大きければ大きいほど良いとされていましたが、患者さんの体力の回復は遅くなります。切る範囲が小さいほど回復も早いのです。長年の臨床経験と研究によって、現在日本のがん手術では明確な範囲が定められています。胃の三分の二以上+D2リンパ節切除という手術モデルは世界の医学界に認められつつあります。注意が必要なのは、病院と執刀医師本人の技術と経験の差によって、同じ手術をしても異なる手術結果が出るかもしれないということで、患者さんは慎重に病院を選ばなければなりません。

世界に胃がん手術の模範を示す

―― 「日本にいる『ノーベル賞級名医』ベスト30」の「胃がんのゴッドハンド」に選ばれた先生の治療にはどのような特徴がありますか。日本全国そして海外から先生を慕って来院する患者も多いと思いますが、どれくらいの外来患者を診察されていますか。

佐野 治療において、私が心がけていることは、まず嘘をつかないこと、そして患者さんに病状を説明するときに、分かりやすく受け入れやすい言葉を使うという2点です。

がんは特殊な病気で、直接患者さんの生命に関係しますし、現在はすべての患者さんにすぐ効果のある治療法はまだないのです。私は患者さんを治療する時、病気のステージ、悪性度、臓器の特徴などだけでなく、患者さんの性別、年齢、家族構成、職業、社会的地位、人生観、経済状況などを考慮して治療プランを提供します。

患者さんの客観的条件と周辺環境もがんの治療過程に大きく影響しますので、考慮しなければなりません。がんの治療は患者さんの全体的な健康から考えるべきで、病巣だけを見て対処することはできません。私は外科医師、内視鏡医師、抗がん剤医師の意見を総合して治療案を出します。私はそれが患者さんにとって本当に必要なことだと思います。

現在は週に2日、外来患者を診察しています。教育の仕事や海外への日本の胃がん手術のPR、指導の仕事もありますから、手術件数は1年間で平均130件前後に制限しています。

私の「伝道師」の仕事にはすでに成果が出ており、海外の胃がんの専門家が当院に胃がん手術を視察しに来ています。先週はイギリスから2人、イタリアから1人医師が来ましたし、その前は中国、韓国からも来ました。さらに当院では毎年数回セミナーを開いており、国内から若い医師たちもたくさん来ます。すなわち、積極的に世界に向けて胃がん手術の模範を提供しているところが当院の特徴と言えます。

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来日診療には事前連絡と紹介状を

―― 中国の医師も貴院を視察し、胃がん手術を学びに来ているようです。中国との医療交流についてご紹介いただけますか。また、貴院は中国患者の受け入れ体制は整備されていますか。

佐野 北京、上海、杭州、天津などの胃がん分野の専門家と交流があり、よく学会に参加したりしています。また多くの中国の医師や専門家が当院で視察、勉強する機会を作っています。

近年、北京大学腫瘍病院の李加孚院長が音頭をとって中国でも胃がんの学会が開かれており、私も招かれて参加しました。6月にも行ってきたばかりです。2017年、国際胃癌学会がはじめて中国で開催されます。それが中国の医療に良い影響をもたらすことを期待しています。

また、海外からの患者さんに対応するため、当院では受け入れ体制を整備し続けています。データによると当院の外国人患者で一番多いのが中国人患者です。来日する中国人患者は通常通訳を連れて来ます。しかし、通訳のレベルはさまざまですので、スムーズに診察するため当院には中国人スタッフが二人おり、中国人患者と医師とのコミュニケーションを助けています。

当院では手術が必要な患者さんにすぐ手術ができるように、手術室を増設し、医療スタッフ、麻酔医師も増やしています。

日本に治療を受けに来る中国の方たちに申し上げたいことは、スムーズな受診のため、まず来日前にメールで連絡してほしいということ、また内視鏡写真やCTのデータを提供し、どんな情況でどのような検査や治療を受けてきたかを説明してほしいということです。中国の主治医からの紹介状があれば一番いいですね。

当院ではそのような情報から患者さんが手術に適しているかどうかを判断し、手術の日程を手配します。もしその事前の作業がうまくできれば、来日して1週間後には手術ができますし、術後順調に回復すれば10日から14日で退院できます。

以前、事前連絡なしにいきなり中国から自家用ジェット機で来院した患者さんがいました。その方は実は飛行機にも乗れないし、すでに手術もできない病状でした。このような残念な事態をなくすためにも、来日する前に必ず当院に連絡してほしいのです。こちらには中国語のできるスタッフがいますので、中国語のメールでも大丈夫です。

中国人患者さんを診察するなかで気づいたのですが、彼らは日本の抗がん剤に対して絶大な信頼を置いていて、一回に多くの抗がん剤を持って帰国したいと希望します。しかし、当院で処方できる薬品は中国でも同種のものが買えるのです。

現在、当院で胃がんの手術をした中国人患者の多くは、半年に1回診察しに来日します。がんの治療は長期的なスパンで考えなければならず、手術をしたから終わりというものではなく、術後の観察が必要で、抗がん剤を長く服用しなければならないこともあります。

患者さんにとって一番いいのは自宅の近くで継続して治療できる病院があることで、例えば北京の人であれば当院で手術をしても、帰国後は北京で信頼でき、継続してがん治療をしてくれる病院を探すべきです。

ほとんどの患者さんにとって、がん手術は一生に一度の大手術ですので、病院と執刀する医師を選ぶ時には、ふつうまずネットで口コミを見て評価の高い病院を調べますが、当院は日本で同種の手術件数が一番多いので、北海道から沖縄まで患者さんが手術を受けに来ます。

術後は私が患者さんの自宅近くの良い病院あるいは医師を探して紹介状を出します。でも残念なことに、中国では私もそれほど人脈がなく、数人の有名な先生しか知りませんので、いつも患者さんに推薦できるとは限りません。また、紹介状を持っていっても十分に面倒を見てくれるとも限りません。この点からも中国は、日本、韓国とはまだ差があります。

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胃がん分野で世界のトップに

―― 先生は400年以上続く名医の家系の第14代目ですね。そうした家系に生まれると、誇りを持つとともにプレッシャーを感じることはありませんか。なぜ先祖代々の家業を継がずに胃がんの専門医を選ばれたのですか。

佐野 やはりプレッシャーはありました。私は大分県杵築市の代々医者の家に生まれました。先祖は杵築藩の御典医でした。物心ついたころから、周りの人たちが「男の子でよかった! 佐野家の跡取りができた」と言うのを聞いて育ちました。みな私に期待していました。

高校生のころ将来を決めるという時、医者にならない合理的な理由を見つけられませんでした。つまり、医師になるということは私の運命でした。しかし、私は自分の性格が外科医に向いていると気づきました。

悩んだ結果、家業を継がないことに決め、東京に残って外科医になりました。佐野医院は私の父の代で看板を下ろしました。実家の建物は市内で最も古い木造建築で、市の文化財に指定されており杵築市が管理しています。私は子供たちにプレッシャーをかけたくなかったのですが、なんと息子もまた医者になりました。

胃がん患者は世界中で減少傾向にあるとはいえ、まだまだ多く、手術は複雑で難しいのです。私がこの分野を選んだのは、大変やりがいを感じられるし、また胃がん手術の技術も日々進歩していますので、自分の努力によって多くの患者さんを助けられると思ったからです。

また日本を胃がん分野で世界のトップにしたいと思ったのです。私はまだ手術の第一線にいますが、今後は研究と後継者の育成に力を注ぎたいと思います。

 

取材後記

インタビューが終わって恒例の揮毫をお願いすると、なんと世界の胃がん治療をリードする佐野先生は簡体字で「尽人事、听天命」(人事を尽くして天命を待つ)と書いてくださった。これは先生が最も好きな中国語なのだろう。自然の規律を尊重し、患者のために最大限の努力をするということに違いない。

情報元:人民日報海外版日本月刊