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患者さんが人生を取り戻すのをサポートしたい——辻 荘市 人工関節の権威である聖路加国際病院整形外科副医長

2015-07-11 11:39

文/蒋豊

2014年2月、在日華僑の読者から手紙が届いた。この読者の80歳を過ぎた老母が聖路加国際病院で両膝の人工膝関節置換手術を受けて無事に成功したが、入院、手術、リハビリの一連の過程で、彼は大変感動したという。手紙には「病院全体が人種による偏見もなく、喜びと親切、情熱、真剣さに満ちていた。患者に対してまるで家族のように接し、熱意とほほ笑みで患者に大きな精神的喜びと慰めを与えてくれた。まさに国際病院だ。一生忘れることはできない」と書かれていた。手術を執刀したのは聖路加国際病院整形外科副医長で、人工膝関節の権威でもある辻荘市医師である。手紙の最後はこう結ばれていた。「ぜひ辻医師を取材し、日本や日本の技術、様子を理解してもらい、現在緊張状態にある中日関係を緩和するために役立てて欲しい」と。そこで、2月25日、聖路加国際病院で辻医師にインタビューを行った。辻医師は「患者さんが、人生を取り戻すことをサポートするということは、生まれ変わって幸せになってもらう事であり、それは豊かな社会につながるのではないかと思います」と語った。

 

「医は仁術」を体現する医師

今でこそ何度も奇跡をおこしている辻医師だが、喘息の病弱な少年だったため、両親は週に1回彼を病院に連れて行かなければならなかった。

「私は肝心な時になればなるほど喘息が出てしまうのです。例えば、明日は試験だ、明日は遠足だというと発作が起きるのです。そんな時はいつも医師が助けてくれました。彼らが私に与えてくれた安心感や激励はさらに私を感動させ、同時に大きくなったら医者になろう、良い医者になって患者が最も必要とする時にそばにいようと決心したのです」。

中国には「医は仁術」という言葉がある。患者を救うには博愛の心を持たなければならないという意味であり、この言葉は辻医師の座右の銘となっている。

辻医師は「医療技術が進歩した今日、患者を治すのは技術だけではありません。医者は技術だけでは患者に満足してもらえないのです。大切なのは手術前後に患者と精神的な交流をもつことであり、医者は看護師、理学療法士と一丸になり、チームで患者と一緒にリハビリを行い、回復のプロセスを確認し、患者の気持ちに寄り添い、たくさんコミュニケーションをとらなければなりません」と話す。

「患者にとって、心の健康の多くは医者とのコミュニケーションによって維持されます。私にもそのような患者さんたちがたくさんいます。彼らは毎月2回来院しますが、それは診察のためではなく、彼らの状態を見て何に注意するかを指摘するためです。このような患者さんたちは1回通院するたびに病院には70円しか払いません。彼らは処方せんも必要なく、X線などの検査も必要ないからです。しかし、患者さんはこのようなやり方で安心し、心の健康を保てているのです。私たちが患者さんたちを不安定にしてしまっては、より良い手術の技術や人工関節があっても回復を保証することはできません。私はこれこそ『仁術』だと思います」。

辻医師は手術のほかに、一日100人の患者を診察しているという。この数字には驚かされたが、彼は謙遜してこう答えた。「一人の患者さんにかけられる時間は短くても、なるべく多くの時間を患者さんと過ごしたいと思っています。今後、中国人の患者さんもここにいらっしゃるでしょうから、よりよいコミュニケーションをとるため、私は中国語を勉強しようかと真剣に考えています」。

 

医療の最先端を走り続ける

聖路加国際病院は日本で初めて人間ドックを取り入れた病院であり、一貫して医療の最先端を走り続けている。辻医師は人工関節置換手術について、彼の手術が成功しているのは、日本独自の最小侵襲手術法(Minimally Invasive Surgery,以下MIS)と人工関節の品質によるものだと話す。

「私の専門分野は人工関節置換です。10年前と比べると、現在私たちが採用しているMISは、傷口が小さく筋肉を傷つけず、早くリハビリが始められます。日本では2005年前後にアメリカからこの手術法を取り入れました。現在、日本はアメリカの技術を学び模倣した基礎の上に、すでに独自のMISを確立しています。例えば、人工膝関節置換手術の場合、ひざの前面から切るのではなく、側面から切ります。中国、韓国、インドなどの国々にはまだこの種の手術法はありませんが、日本の医師がこの手術法を中国に輸出する計画はあります」。

「以前、私たちが使っていたのは欧米から輸入した人工関節でしたが、今は日本の工業技術が非常に発達しており、京セラ、ナカジマメディカル、神戸製鋼の製造した人工関節は世界最高レベルにあります。人工関節の進歩は、患者の手術癒合に大きく貢献しています」。

 

中国の医療技術が日本を追い越す日が来る

近年、検査と観光を一体化させた医療ツーリズムが非常に盛んになっている。多くの中国人が日本で高度、精密な検査を受けることを選択している。辻医師は中国の医師は進取の精神に富んでおり、中国の医療技術が日本を追い越す日が来ると語る。

「2012年12月、私は中華医学会整形外科分会の招待を受けて、座談会に参加し、中国の研修医たちに研究発表をしました。発表の前、私は誰も真面目に聞かず、質問もないだろうと思っていました。というのは、日本で同様の発表をしても、必要な単位の修得のためだけに出席する研修医たちは、すぐに眠ってしまうからです。しかし、中国の研修医たちは私の発表の後、積極的に質問してきましたので、私はつたない英語で答えるしかありませんでした。彼らの進取の気性は強く、そのような精神があれば日本を追い越すのも時間の問題です」。

さらに、こう続ける。「中国の医師たちは日本の医師たちよりグローバル志向だと思います。私は中国の医師たちは英語が上手だと気づきました。日本の医師たちが海外に出たがらない理由は英語力不足のためです。これは日本の医師が海外で活躍することを阻んでいる最大の障害でしょう。当院の研修医のなかにも中国で生まれ、日本の医大に留学してきた人たちがいます。彼らは語学がよくでき、日本語も英語も上手です。当院には中国からの観光客が多いので彼らの語学力が役立っています。さらに、当院は国際病院なので多くの外国籍患者がいます。一般の日本の病院の外国籍患者の割合は100対1なのですが、当院では100対10の割合になっており、日本で一番外国人患者を診断、治療している病院だと言えます」。

 

毎日が最もうれしい日

辻医師は、日本の人工関節置換の分野には大きな課題があるという。「日本の人工膝関節置換手術数は年間7万例余りです。21世紀に入ってから人工関節の耐久性は飛躍的に延びました。1990年代の人工関節は10?15年で交換しなければならなかったのですが、2000年以降に使用されている人工関節は耐久性が20?25年になりました。目下、この分野の最大の課題は、患者の金属アレルギーです。人工関節には金属が含まれていますが、患者には金属アレルギーのある人もいます。もし金属アレルギーの患者の体内に金属を含む人工関節を埋め込んだら、患者のその部位が腫れてきて、内面でこぶのように大きくなってしまいます」。

「以前この種の手術を受ける人は高齢者ばかりだったので、活動頻度が低く、人工関節内の部分的な金属は問題なかったのですが、今は若い人で同類の手術を受ける人が増えていて、スポーツ選手もいます。ですから、セラミック製の人工関節を選ばざるを得ない時があります。セラミック製の人工関節は砕けやすいという弱点があります。数万人の患者のうち一人、砕けた例があります。しかし、セラミック製の人工関節のニーズが高まるにつれて、技術も進歩し続けており、近い将来、絶対に砕けないレベルにまで到達するはずです」。

最後に、21年間の医師人生で最もうれしかったことは何かという質問に対し、辻医師はこう答えてくれた。「実は毎日が最もうれしい日です。一つ一つの手術に全力で立ち向かいますから。自分の患者が歩けない段階から、立ち上がり、また歩けるようになるまでの過程全体、患者さんたちの回復と進歩を見ると、大変感動します。一人一人の患者さんが退院する前、私は患者さんに付き添って病院内を一周しています。患者さんたちは多くの医師のなかから私を選んでくれて、私を信頼してくれているのです。私は彼らが人生を取り戻し、歩き続けるのを助けることができるのですから、うれしくないはずはありません」。

 

取材後記:

インタビュー終了後、辻医師は「実は私の名前は祖父母がつけてくれたもので、荘と市という文字は中国の古典『論語』からとったものです。両方とも人が集まる場所を意味しています。祖父母は私が大きくなったら、みんなの輪に囲まれて、人びとに愛される人間になってほしいという願いを込めたのです」と教えてくれた。このことは中国文化が日本に伝わり伝承され続けているだけでなく、文化はそれを育む人の品格によって神秘的な力を持つということを感じさせてくれた。

情報元:人民日報海外版日本月刊